Surrender Experiment

最後に投稿したのが2020年の2月末なので、もう1年以上も経っている。スピリチュアルな成長というのは、非常にゆっくりとしたプロセスだ。2020年のはじめから世界ではコロナパンデミックが勃発し、大きな変動が起こった。それに加えて、地球温暖化による異常気象で災害も多発している。明らかに2020年は世界が大きく変動を始めた年になった。

2019年は、アルバイトで塾の講師と介護施設あずみ苑の送迎ドライバーをかけもちでやって、年末にはAIの会社に3ヶ月勤めて、あっという間に倒産してしまった。2020年4月、すぐに、次の仕事が見つかって、JTEという昔ながらの5G建設回会社に個人事業主として業務委託契約で勤務を始めた。今年2021年は、在宅勤務テレワークでまだ続けている。

サレンダーの実験が続く

マイケルシンガーの「Surrender Experiment 」の実行を続けている。十数年続いている背中と肩の痛みの原因がマインドにあることはわかっていたのだが、私も67歳、やっと、人生の先が見えてきた今年になって、真剣に心の掃除の取り組みを始めている。Vippasanaの体験をしたのが、2016年春で、あれから5年の歳月が過ぎて、やっと納得ができて瞑想と祈りを深める作業を始めた。

より深い統一行の訓練

今年に入って、Surrenderにしろ、Eckhaltの教えにしろ、突き詰めて行くと、結局統一行が一番やりやすいし、近道であることがわかってきた。Vippasana瞑想の内観などは、やはりむづかしい。五井先生が易行道として世界平和の祈りを勧めた理由がよくわかった。仏道に入ったり、特別な修行道場に入ってスピリチュアルの道を進む人は非常に限られた人だけであるし、一般人が日常生活の中で実践するのは無理がある。

思考を止める

EckhaltやMichael singerが言う「マインド」から脱出するのは、難しいが、最近になって、少し「マインド」の状態にいる自分と、そうでない自分の状態の違いが明確にわかるようになってきた。統一行のなかで、時間はかかるけれど、マインドの状態から、Not Mindの状態(今)にもどることができるようになってきた。これがわかるようになって、やっと、スピリチュアルの探求をしている人でも、全く「理論的な理解」だけで、この違いを体験していない人が多いことも理解できた。禅僧の「小さな悟り」の繰り返しの意味がわかってきた。

Doing からBeingへ

自分の人生は、常に「何かをしなければいけない」という思い込みの信念で凝り固まった生き方だった。若い頃から、常に「10年後の目標」「今年の目標」を設定して、全力で邁進してきた。67歳になって、親しい人が、ポツリポツリと他界しているのを見て、そして、完全リタイアしてしまった人々をみて、やっと「自分も、ずっとは続かない」ことを理解した。いつかはこの世を去ることになる。当たり前のことであるけれど、実感として感じるのは、難しいものだ。誰も認めたくない現実だ。

最後に、何をやるか!と考えたときに、パラドックス的ではあるが、最後の目標は、「何かを成し遂げるという目標を捨てる」こと。目標を捨てる目標だ。Doing を捨て、ただひたすらに「ある」Beingの練習をすることだ。宇宙の大きな流れに身を任せる。そうすることだ。かんたんなことではない。

五井先生が教えている究極の悟り「漏尽通」(ろじん通)を最後まで練習しよう。死ぬまでにどこまでできるかはわからないが、これをひたすら実験しよう。

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