湾岸戦争について(クウェートでのプロジェクト体験)

湾岸戦争という言葉が使われ始めてから、中東に端を発する紛争が全世界にテロの形で広がって相当な年月が経過した。私は、1990年イラクのサダム・フセインによるクウェート侵攻の勃発時に、NECの通信プロジェクトマネージャーをしており、まさに戦争の勃発直前の時期に、クウェートに仕事で入国し現地での日本企業の混乱を体験した。当初は、これほど大きな事態になろうとは誰も予測できなかったので、今考えると、愚かな行動をとることが多かった。

一番心に残ることは、同じ職場の同僚3名がイラクの捕虜になり、どこかわからない砂漠の中で半年間も拘留されてしまったことだ。幸い3人とも開放はされたものの、その時に受けた衝撃は当人たちにとっても、私にも大きな影響を与えた。

あれから30年も経ってしまったので、既に過去の歴史になってしまったけれど、そのきっかけが、今日の世界的なテロ問題などの発端でもあるので、今一度簡単に、経緯をまとめておくことにした。

1990年8月2日、イラク軍は隣国クウェートへの侵攻を開始し、8月8日にはクウェート併合を発表した。それに対し、諸外国は第二次世界大戦後初めて、一致結束し、34カ国の多国籍軍を結成し、半年後の1991年年初にイラクへの攻撃を開始した。イラクはクウェートから脱出できなかった民間外国人を「人間の盾」として自国内の各地に監禁した。先に述べた、私の同僚も逃げ遅れて砂漠の中に連れて行かれ捕虜となった。

私は1980年(湾岸戦争の10年前)からクウェートの国内期間通信システムの建設プロジェクトの担当になり、中でも1985年から数年かけて、クウェート国内の携帯電話システムのプロジェクト(総額が140億で私の担当は20億くらいだった)を担当し、ほぼ完了しかけたところであった。結局、戦争が始まって数ヶ月で、私達が建設したすべてのシステムは破壊されてしまった。営業ではなかったので確かではないが、まだ代金の20-30%は(retention)未回収の状態で終わったと思う。

当時は、私の勤めていた会社は世界中の百数十か国で通信システムを建設していたので、クウェートのみならずイラクでの大規模な(500億くらい)のプロジェクトが進行中であった。私は戦争の勃発1-2ヶ月前だったかと思うが、日本政府がVISAの発給停止をする1日前にVISAが取れて、クウェートに出張してしまった。入国すると、現地スタッフは、万が一のために水やガソリンの確保、空港閉鎖の場合に(現実化した)どうやって陸路から出国できるかなどの会議をしているところだった。今考えると、リスク管理などという考えが全く無い愚かなエンジニアだった。結局、私は、プロジェクトの仕事ができる状態ではないとわかり、飛行機便が止まる前にすぐ帰国することになった。私が、帰国するとほぼ同じタイミングで、クウェートの飛行場は閉鎖され、日本政府がJALの特別救援機を飛ばした。(-_-;) 結局、私は運良くギリギリで、戦争に巻き込まれずにすんだ。

イラク国内では大規模なプロジェクトが走っていたので、当時の駐在していた30人ほどは車をチャーターし陸路で隣国ヨルダンに脱出することができたが、3名は捕虜のままになった。そのうちの一人は、私がイラクの一部のプロジェクトも担当をしていたが、米国への赴任が決まり、彼は私の後任者になったばかりであった。

戦争前の平和な頃(クウェート通信プロジェクト建設プロマネ1989年)

 

非常に大雑把に、中近東の紛争の経緯を超簡単にまとめると。

  1.  第二次世界大戦後、中近東では、中東戦争といって、イスラエル(ユダヤ教)対アラブ諸国(イスラム教)の戦争が、第一次戦争から第四次戦争と1980年代まで30年も続いていた。
  2.  そして、1980年から1988年までは、イラン(シーア派)・イラク(スンニ派)の戦争で、両国とも疲弊、また石油の覇権争いなど西欧諸国の思惑が複雑にからみあう時代に突入。
  3.  イラクは経済的にも追い詰められ、1990年8月に、ついに武力でクウェートに侵攻し制圧を宣言したが、先に述べたように、米国を筆頭とする多国籍軍の猛攻撃を受けて敗北した。

クウェートとは、あまり知られていないので、まとめると


 

人口: 3百万人(アラブ人)  言語:アラビア語

独立:1961年イギリスより独立 実質一族(サバーハ家)絶対君主制

面積:17,820km2 / 日本との時差:6時間 / 通貨: クウェートディナール(KWD=360円)

地形:都市部を除きほぼ全国が砂漠気候の平地     お酒:全面的に禁止

GDP:1200億ドル(静岡県) 石油資源は世界第四位の埋蔵量

(小さい国土、小さい人口だが石油資源に恵まれとてもリッチな国)

現在では、ドバイと並んで湾岸諸国のなかでも観光地となっている。

 

みんなゴールド大好き

 


 

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